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もすこみゅーるだんでぃー

だらだら垂れ流しています
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彼の思い彼女の思い
栗色の少年はわざとらしく大きなため息をひとつ漏らした。
隣を歩いている少年はここ数日同じことの繰り返しで飽き飽きしている言葉をそれでも口にした。
「どうした?」
「あーやっぱり今年もチョコ、ゼロの予感」
「いいじゃねえか。別にチョコなんて」
バレンタインデーだと言うのに男二人で歩いていた。
そしてチョコはもらえていない。
「バカ言え。バレンタインのチョコは古来より御チョコ様と呼ばれている格式高く霊験あらたかで、食べると寿命が10年単位で延びるという一品だぞ」
「バカはおまえだ。タカ」
「酷いなー。サトシはいつも冷たてえな」
明るい栗色の髪の毛で左右の耳に5ずつピアスをしている少年はグレーのカラーコンタクトの瞳で、睨み付けながら隣を歩く少年にそう言った。

サトシとよばれた少年は隣の派手な少年とは対照的にどこにでもいるような風貌だった。
端正とまではいかないがそれなりに整った顔立ちで、髪型もありがちなものだから若者が沢山いる場所なら探すのに苦労しそうだった。
服装だけならお互いの関係は逆転しそうなものだが、インテリヤクザとチンピラと言えば立場は逆転していてもおかしくはない。

サトシは普通であることを望んだ。
ただ、普通であることが良かった。
突出すれば叩かれる。その煩わしさを避けて通りたかった。
自分の限界がわかっているから無理をしない。
無理をしても辛いだけだ。
だから普通であることを選ぶようにした。
その普通の中でタカは異質だが、あえてそれを切り捨てるほど強くは普通を望んでもいなかった。

いわゆる一般人からするとタカのファッションは近寄りがたい雰囲気のあるものだった。
とはいえ、サトシはタカと幼なじみで生まれてこの方怖いと感じたことはない。
今でこそ体格は似たり寄ったりだが、タカは不思議とサトシのことを大きく感じている。
子供の頃の体格の差がすり込まれているからかもしれない。
それが災いしているのかタカは虚勢を張るために奇行とも思われるような特有のファッションに身を包んでいる。
サトシはこの奇抜なファッションに身を包まなければアイデンティティを保てないタカを少し不憫に思っていた。
そして、いつまでも自分に叶わないと思い込んでいてもらえればよかった。
実際のところ喧嘩しても勝てるだろうが、こちらも無事では済まない。
痛い思いをしてまで検証する必要のないだろう。
それに負けたら何故かタカが傷つきそうだと思っている。
だから虚勢でもタカの前では強くいる必要があった。
こういうことを考える度にサトシはタカに対する友情が正しい形をしているか悩んでしまうところがあった。

「あれ? 棚橋じゃね? おーい。たなはしー」
目に付いた知り合いに無条件に声をかけるようにタカは見た目に反して子供過ぎるところがある。
サトシは自分以外の連中からカモにされているのではないかと不安になる。

棚橋と呼ばれたのはすらりとした少女だった。
天は二物も三物も与えたのではないかと思うほど彼女は完璧に思えた。
見た目もさることながら学年で5位以下に落ちたことのない頭脳、芸術面でも才能を発揮し、料理の腕もそこら辺のカリスマ主婦なら裸足で逃げ出すほどだという。
まさしく才色兼備だ。

最大の欠点である協調性の欠落を除いては。

才色兼備には性格を表現する部分がない。
それは重大な問題だとサトシは棚橋を呼ばれた少女を見るといつも思っていた。

ツカツカと少女はタカの前に歩を進めパンと音がするくらいの勢いでタカの頭を掌で叩いた。
「なに私の個人情報を漏洩してるのかな?」
「個人情報って言ったって名字だけじゃん」
「もし、私が今日からストーカー被害にあったら、あんたの人生に暗い影を落とすような結末になったとしても全く問題ないと言えるの?」
「そんなことないだろ」
「絶対に? 絶対にないと言えるの? 私こんなに美人なんだけど」

自分で言いやがったとサトシは思ったが、事実だから仕方がないとも思った。
謙遜しても認めても美人は損をする。特に性格に難がある場合はそのことが顕著になる。

「おまえの性格知ったらストーカーだってストーキングしたこと後悔するだろ」
タカはおくびれもせずに笑いながらそう言った。
「どの口がそれを言うの?」
そう言いながら少女はタカの下唇の下の辺りを強くつまみ上げた。
「ひてててて。こめんこめん」
情けない声を上げてタカは謝った。
少女の腕を振り払おうと思えば簡単に振り払えた。
それをしなかったのは自分の力が強いことをタカが理解していたからだった。
「そのくらいにしておかないと指が涎まみれになるぞ」
「それは困るわ」
サトシの言葉に反応して少女は指を離した。
「いてて」
タカは強く握られた場所をさすっていた。
タカは見た目から想像が付かないほど女性に優しかった。
男に対しては動けなくなるほど殴り倒すのに、こと女が相手だとまるで無抵抗主義者のように何もしない。
「女は絶対に殴らない」という頑ななまでの男らしい一面をタカは持っていた。
タカは自分から喧嘩を売るようなことはしない。
タカは残念な方向に道を踏み外した好青年と言えるのかもしれない。

どこからか流行のJ-POPが流れてきた。
タカはズボンからスマートフォンを取り出すと電話に出た。
「もっしー。あーうん。大丈夫だよ……マジで? オッケー。じゃあ今から行くわ。そういやさ」
タカは途中一度サトシに目を向けたがすぐに電話に戻り片手を上げて二人の前から立ち去った。
サトシは少し苦い表情をしてそれを見送った。
「変な気を遣いやがって」とサトシは心の中でタカに悪態をつく。
サトシの心は少し重くなった。

サトシは無言で歩き出した。
その横を少女が歩く。
サトシはこのときばかりは帰り道が同じ方向であることを呪った。
無言を選んだのもその無言に耐えかねたのもサトシの方だった。
「うまくいってんのか?」
「心配される理由が見あたらないくらいに」
「そうか」
再び無言が辺りを支配した。
サトシは少し前に少女に告白して玉砕している。

「まだ私のこと好きなんだ」
少女は残酷な一言を少年に向けて言い放った。
「ああ」
サトシはなんの躊躇いもなくそう答える。
「そう。大変ね」
少女は自分には関係のないことのようにそう言った。
聞いておいてなんという言いぐさかとも思ったが仕方がないとも思った。

少女は援助交際をしていると噂があった。
さえないおっさんと腕を組んで歩いているのを目撃したという情報があった。
元々少女は敵が多いからそういう噂が立てられても仕方がなかった。
何度かそういうことがあったが事実無根であるといつの間にか噂は消えてなくなっていた。
それには彼女の与り知らないところで「棚橋盟友会」なる集団が動いているのだが、それは別の話であるのでいつか語ることにする。

そんな得体の知れない集団が何かしたかはどうでもいいことだし、もちろんサトシは噂をいちいち信じてはいなかった。
少女こと棚橋メイがやるならもっとわかりやすい方法に違いないからだ。
影に隠れるようなことはいちいちしない。
だから援助交際などあり得なかった。自分の目で三十代近いおっさんと腕を組んで歩いているのを見るまでは。

だが、そこにあったのは好きな人にしか見せない特有の表情であり、援助交際でないが自分の中にある恋心が実を結ばないものだと確信した瞬間でもあった。
援助交際ではないが明らかに年上の男と一緒にいた。それも男に付きまとっているのではないかと思うくらいに愛情のバランスは棚橋メイの方が大きいように見えた。

その直後に二人が別れたのを見てサトシは別の道を選んで帰ろうとした。
自分の中の動揺が隠しきれそうにもなかったからだ。
しかし、一瞬だけメイを見ようと彼女を見た時に目が合った。
顔を背けようとしたがそれはそれで酷く不自然に思えて極力自然を装い今気がついたという顔で手を挙げた。
「よう」
「見てたんでしょ?」
どう切り返そうか考えて時間がかかれば相手のペースにはまるのが見えていたし、嘘をついてもばれるだろうから正直に話をすることにした。
「ああ。見た」
「そう」
「彼氏か?」
自ら止め刺しに行くような行為だった。
「そうよ」
改めて本人から言われると胸の奥にざっくりとえぐられるような痛みがあり、そこが悲鳴を上げているのがわかる。
「なんであんなおっさんを」
「たまたま年が離れているだけだし、言われるほどおっさんでもないわ」
「まわりが普通には見ないぞ」
「関係ないわ。私の人生を私が生きるのになんの問題があるの」
「社会一般の通念の話だろ。そんなのわかるだろ」
「わかるけど、それがなに? 好きになったのがただの30近い男で職業がエロ漫画家なだけよ」
開き直りや逆ギレっぽくもあるがメイの反論に返す言葉がないのも事実だった。
「は? エロ漫画家!? 30近いってのだってどうかと思うけど職業が問題だろ」
とてもエロ漫画家には見えなかった。
180センチを超えるであろう身長と喧嘩したら負けそうなほどがっちりとした体つきだった。

「些末なことね。18歳のアラブの石油王の息子ならサトシは諦められたの?」
「それは……」
「結局サトシは相手が間違えているということで論破しようとしているのだけど、それは意味がないことよ。恋愛は異常な精神状態なのだから常に正しくないのよ。正しい恋愛があるならそれこそ異常なことよ」
勝ち誇るでもなく、熱を帯びたように浮かされたようになるわけでもなく、ただ淡々とそう言った。
サトシはメイに対して昔から芯が強くて揺るがなかった印象をもっていた。
昔と言っても小学校の中学年の頃だから10年も経過してはいないのだが。
当時から不思議な魅力と人を敵に回すところは変わっていない。

明確に好きだったわけではないが気になる存在ではあった。
好きだと明確に気がついたのはこのときだった。

「じゃあ、おれも異常なんだろうな。おまえのことを誰かに渡したくない」

既にあの男が彼氏だと宣言されているのに、そんなことを口走ったことに動揺した。
だが、言わずにはいられなかった。
サトシは自分にしては珍しく歯止めが利かなくなっている自分を感じていた。
「おれは確かに自分の金で生活できていない。でも、負けていないと思う」
身長や体格は負けていたがトータル的なルックスなら勝っている。
身長も175センチはいっている。割と細身だが貧弱ではない。
若いしメイの隣に並んでも遜色がない自信はある。
権力や金銭的な事情を持ち出されたら負けるがそれ以外なら勝てる自信があった。
喧嘩になれば若さでなんとかするつもりだった。

「何に勝って何に負けてもセイちゃん以外はいらいない」
「何がそんなにいいんだよ」
サトシは思わず声を荒げる。
それに臆することなくメイは淡々と言葉を続ける。
「私の何がいいの?」
「え?」
「私じゃないとダメなんでしょ?」
「え、ああ。そうだよ」
言葉の意味をサトシは掴みかねていた。

「じゃあ、私がセイちゃんじゃないとダメなのわかるんじゃないの?」
「それとこれとは別だろ」
サトシはふてくされたように言葉を出した。
「わかってるはずでしょ。私を諦めるように言っても私じゃないとダメだとサトシはいうのでしょ。私が他にいい人が現れるなんて言ってもサトシは想像できないでしょ。確かに私よりもいい人なんて早々見つからないと思うけど」
最後の言葉は余計だが事実今の気持ちが萎えることはないだろうと思った。

「私はサトシの思いを止める術を知らないの。だから、あなたが好きでいるのを辞めるまで私はその気持ちを放置するより他がないの」
「もうチャンスはないのか?」
「それはすなわち私が不幸になることを望んでいると受け取っていいのかしら?」
「そういう訳じゃないけど」
「じゃあ、どういう訳なの?」
「俺があいつよりいい男になって振り向かせるって意味だよ」
「それは無理ね。確かにセイちゃんよりもいい男になることはあるかもしれないけど、セイちゃん以外はいらない私に超えるとか以下とかは一切意味がないの」
サトシにとっては勝ち目がゼロと通告されたようなものだった。
「それでも俺はおまえのことを好きでいてもいいというのか?残酷だな」
「あなたにとっては残酷でも私にはなんの感慨もないわ」
「酷いな。でも、そのとおりだろうし、それでいいんだと思うよ」

メイは小さく笑った。

「なんだよ」
「物わかりがいい割にあきらめが悪いのはどうしてかなと思って」
「そりゃ……」
「相手がいい女だからだろ」と続けようとして飲み込んだ。
「そりゃの後はなに?」
「まあ、思考と感情は必ずしも結びつかないって話だろ」
「……そう、まあいいわ」
見透かしているのだろうと思ったがそれを口にして真意を当てられるのは癪に障るので黙っていた。
それはそれで見透かされていそうなのだが。

グーとメイのおなかが鳴った。
メイは鞄を漁ると茶色の包み紙に覆われたチョコレートを取り出して小さくそれを割ってそれを口に放り込んだ。
その動作を3回ほど繰り返したところで、少し大きく板チョコを割りサトシに差し出した。
「はい」
「え?」
「いらない? 物ほしそうにしていたから」
「ああ、もらうよ」
これでも寿命が10年延びるのだろうか。
まったく意味が込められていないチョコレートだとしても好きな子からのものなら効果はありそうだ。
詳細は伏せてタカには一つもらえたと言ってみようと思った。
悔しがるタカの顔を思い浮かべてサトシは笑った。
メイはそれを怪訝そうにそれから優しい目でそれを見ていた。

という話をバレンタインデーに上げようと思ったらこんなことに。

JUGEMテーマ:小説/詩

| レンアイ | 01:03 | comments(1) | - |
1年後のその先も
JUGEMテーマ:小説/詩

 3年間付きあった彼と遠距離恋愛になって「あっ」という間に転勤先で女が出来た。
しかも妊娠までさせて向こうと結婚するなんて。それもあたしより美人じゃない胸が大きいだけの女となんか。
そう言えば、聞いたことがある遠距離や単身赴任になると男は近場の女に手を出して高確率で妊娠させると言う話を。
理由は何だったか忘れたけど男とはそういう生き物らしい。

こっちは結納も済ませて結婚するまで半年もないところでドタキャンされた。
両親から親族の恥と罵られ、向こうの両親にも謝られるどころかちゃんと掴まえていないあたしが悪いと言われた。
社会恋愛で相手は将来有望で今回の転勤もそのステップのためのものだった。
そうなると私のいる場所はどんどんなくなっていく。
中も外も針の筵だ。そんな感じで1週間も過ごしてきた。
でも、こんなことで負けたくはなかった。
前を向いて行きたい。

ははは。でも、さすがに心が折れそうだ。
1週間目の今日。彼と新しいカノジョが一緒の所を見てしまったからだと思う。

だから、こんな所に来てしまった。
近所のビルの屋上なんて……死ぬ気なんてないの……え!?

「ちょっと、なにやってんのよ!」
あたしは走り出してその人に飛びついた。
今にも飛び降りそうな人がいたからだ。
その人は柵を越えている。柵の向こう側で柵を背にして両手で掴まっている。片手でも離したら間違いなく転落する。そんな気がした。
「わっ。落ちる!」
「落ちるって。飛び降りる気でしょ!?」
「そうだけど。危ないだろ」
「何言ってんのよ」
「いや、きみまで落ちるじゃないか」
「……じゃあ、中に戻ってきて。それまでは離さない」

彼は一つ息を吐き出し「戻るから離して。大丈夫約束する」と言った。
狭い足場で器用にこっちに向き直ると柵を越えてこっちに入ってきた。

……あれ? 足に力が入らない。
あたしはその場にへたり込んでしまった。
腰が抜けたというやつだ。初めての体験だった。

彼はあたしのそばに来て「大丈夫?」と尋ねてきた。
「大丈夫じゃないわよ!」
「そうみたいですね」
そういって小さく笑った。
「笑わないでよ。誰のせいだと思ってるの!?」
「すみません」
そう言いながらまだ彼は笑っていた。

「おねえさんはどうしてこんなところに?」
「どうしてって……」
「同じなんですね」
「……」
「でも、こうやって俺を助けてくれた。おねえさんには感謝します。おねえさんも死なないでくださいね」
「……最初からそんなつもりなかったわよ。ただ、ここなら空が見えると思ったから」
「空?」
「……天の川」
「ああ、そうか。今日は七夕か」
そう言って彼は空を見上げた。

「織姫と彦星ってわかる?」
沈黙が怖くてあたしがそう聞くと彼は首を横に振った。
この辺りは少し明かりが少ないから町が暗くなっている。だから、明るい二つの星は見つけやすかった。

婚約者と初めて会ったのは七夕の日でその日に意気投合して3回目のデートで付き合うことになった。
次の年の七夕に二人で星を見に出かけて織姫と彦星を教えてもらった。
そして次の年のプロポーズされて、今は彼が隣からいなくなった。

「じゃあ、教えてあげる」
あたしは座ったままで夜空を指さした。
彼をあたしの前に立たせて「そこの鉄塔のの上に見える明るい星が彦星。あっちのジョージアの看板の上をある明るい星が織姫。わかった?」と尋ねた。
「あーあれがそうなんだ」
どうやらすぐにわかってくれたみたい。
あたしは看板に隠れているデネブを思った。
彦星がアルタイル、織姫がベガ、それにデネブを加えて夏の大三角というんだと別れた彼に教えられた。
あたしがベガで別れた彼がアルタイルなら横から現れて彼を奪ったのはデネブということになるのかな?
それとも結ばれなかったあたしがデネブなのかな?
見事な夏の大三角関係ということ?

ぼんやりしていたら男の顔が近づいてきた。
腰が抜けているから動けない。
目を瞑った。

あたしの目の下の涙を彼は何も言わずに人差し指でぬぐった。
目を開けると彼は困ったように小さく微笑んでいた。
その顔がすごく優しいものに思えた。

そして、あたしは声を上げて泣いた。
彼は泣き続けるあたしの頭をやさしく包み込んでくれた。

軽い震動で目を覚ますとタクシーの中だった。
隣には彼がいた。
あとでわかったんだけど、彼が車まで運んでくれたらしい。
泣き疲れて眠るなんて初めてだ。
今日は初めてのことが多い。自殺する人を止めたり、腰抜かしたり、泣き疲れて寝たり。
「ごめん。鞄の中から住所のわかるもの探して免許があったから今、家に向かってる」
免許? 実家のままだから。あんなところには帰りたくない。
「ぃ、家には帰りたくない」
声が上ずって変な感じになった。
「そう言われても」
「ごめんなさい」
「……じゃあ、うち来る?」
あたしは小さく縦に首を振った。
もどうでもいいと思っていた。自棄だった。

「何もしませんよ」
部屋に入るなり彼はそう言った。
「命の恩人をどうこうするつもりはありません。おねえさんの話を朝まででもなんでも聞きますから。今日はそういう感じで行きましょう」
「エッチしたいって言っても?」
「そんなに目を腫らした女性とは無理です。鏡見ますか?」
その言葉であたしは笑った。つられて彼も笑った。

小さなテーブルに対面で座ると彼は用意しておいたウィスキーをグラスに注いだ。
彼はストレートであたしには氷を入れてロックで。
「強かったら水で割ってください。うちこんなもんしかないんで」
一口飲んでみたら美味しかった。
そのまま伝えると「美味しくないって言われたら困るところでした」と言って彼ははにかんだ。
よくわからないけどなんとかの30年ものとか言っていた。
30年ものって高いよね?
飲んでもいいのかな。

「三笠トオルです」
「あ、浜田ヤヨイです」

今更の自己紹介がおかしくてあたしは笑った。
死にたいほど嫌なことがあったけど、人の命を救ったのは初めてだった。
そして人前で大声で泣いたのも。
きっと助けて安心して(ついでに腰が抜けて)張り詰めていたものがゆるんだんだ。

「俺は昨日会社を解雇されました。この先の仕事もわからない。そうやって不安に駆られていまたした。たまたま上を見上げたら明るい星が見えて、もっと見たくなって屋上に上がったら急に不安が押し寄せてきてそのまま死んでもいいかなって」
三笠くんはウィスキーをぐっと呷ると矢継ぎ早にグラスに注いだ。
明らかに年下だったから「三笠くん」でいいよね?
「三笠くんは何歳? あたしなんて32だよ」
「え? 25、6かと思ってました。あ、俺は24です」
「若っ! そんなに若いんなら死んじゃだめだよ」
実際若くて焦った。それくらいかとは思っていたけど知ると若さを痛感してしまう。
そりゃ、こんなおばさん抱きたくもないか。
「若いとか関係なくないですか。死にたいのは年なんて関係ないです」
「そりゃそうかもしれないけど」
「よく死ぬ気になればなんでも出来るなんて言いますけど、あんなの強者の論理で弱者には拷問以外のなにものでもないんです」
「でも、三笠くんは強いよ。あたしを巻き込まなかったじゃない。それに真面目で優しい。見知らぬ女が泣き疲れるまで付き合うなんて尋常じゃない優しさだよ」
「見ず知らずの俺を助けてくれたじゃないですか……強いですよ。ヤヨイさんは」
「そりゃ無我夢中で」
「そうですよね。すみません」
「そ、そんな。ほら飲もう。ね?」
「そうですね。飲みましょう」

それからはお互いに傷に触れるのが怖くなったみたいに、どうでもいい話をしたり、深夜の通販番組にツッコミ入れたりしながら飲んだ。

目が覚めると目の前に三笠くんの寝顔があった。
声が出そうになって慌てて口を噤んだ。
まつげが長いな−。うらやましい。
こうやってみると意外と整った顔してるな。
あ、ちょっと髭が伸びてる。
でも、腕枕ってどういう展開だ? 全然覚えていない。
床で寝ていたので体が痛い。

二日酔いにさえなっていないのは、まだ分解しきれていないアルコールが体内に残りまくっているからかもしれない。
床を見ると3本も空瓶が転がっている。

なんとなくちゃんとお別れを言うのが嫌でテーブルの上に書き置きを残して出ることにした。
テーブルの上にあった携帯に目を落とす。
そうだ。ちょっと悪いけどお守り代わりに。
三笠くんの携帯をいじってみる。ロックはかかってないか。意外と用心深くないな。
ふふふーん♪

よし。じゃあね。三笠くん。もう会うことないと思うけど元気でね。

さて、困った。ここどこだ?
近くのコンビニ探して駅を聞こう。こんな酒臭い女だからすごい迷惑だと思うけど。

と、言うことがあったのが1年前の今日。
あのあとは酷かったなぁ。メイクもぐずぐずだし酒の匂いも酷かったと思う。
目も腫れているしあの時のコンビニの店員さんには明け方のちょっとしたホラーショーだったに違いない。

……結局あたしは体よく子会社に出向させられた。
もう本社にも戻ることもないだろう。
職場が横浜だから通勤の関係で引っ越して今は横浜に住んでいる。
でも、悪いことばかりではない上手く家を出ることもできたし、子会社だけど周りはいい人たちばかりだ。
最初こそ腫れ物に触るみたいだったけど、半月もすれば慣れてきたのか周りの人と変わらない対応になった。まあ、あたしも自棄みたいな勢いで前向きになっていたからね。

で、今日は会社の女子会だ。
上は45歳から下は28歳の独女5人が集まる。
横浜のおしゃれな地中海料理の店に来たんだけど結局いつもの飲み会。
会社のあれがどうだとか、最近の芸能人がどうだとか他愛もない感じだ。
しかし、45歳って見えないよなあって感心する。男もあれじゃハードル高いよね。
みんな本当に美人だったりかわいかったりするけど共通項はだめんずうぉーかーだったりする。
一番年下のアヤちゃんだって二股かけられたみたけだけど、わからない。
あたしだったら首ったけになりそうなんだけどなぁ。
しかし、まあ一番のだめんずうぉーかーはあたしってことになっているけど。
確かに一番大きいのやらかしているしね。
すっかり傷はかさぶたになって、かさぶたもはがれてしまった気がする。
本当にこういう時の女仲間はありがたいと思う。

明日も仕事だけどこのメンバーで集まると二日酔いになるほど飲む。
今日もすごく飲んだ。
一人ワイン1本は飲んだと思う。女子だけで平日5本は飲み過ぎだよね。
休日だって飲み過ぎよね。
明日は普通に仕事だし終電もあるからと11時30分に店を出た。

横浜の駅前で空を見上げた。
明るすぎて星は見えない。
あの日見つけた星を思い出す。
先輩のあたしを呼ぶ声が聞こえた。
一つため息を吐き出してあたしは小走りに雑踏の中を進む。
もうすぐ七夕は終わってしまう。理由はわからないけど、心に小さな痛みが走った。

あたしは歩いて帰れるので駅前でみんなと別れた。

ダイエーの前を通り抜けてハンズの前を通り抜けて岡野町の交差点で信号が変わるのを待っていた。
あちゃー。変わった直後か。スクランブル交差点だか長いんだよねえ。
バッグに入れている携帯が震えていた。
メールじゃなくて着信だった。
さっき別れた誰かかな。帰りそびれたか?

携帯のディスプレイの文字を見てあたしは驚いた。
出るかどうか躊躇って結局出た。

「もしもし」
「もしもし。すみません。突然。三笠って言います……俺のこと覚えていますか? 自殺止めてもらったやつです」
「え? ああ、あのときの……その節はお世話になりました」
覚えてるも何もディスプレイに表示されたし、お守り代わりに時々見てたから忘れないって。
やばい。ドキドキしてる。そりゃそうだよね。
まさかの相手からだし。
てか、なんであたしの電話番号しってるんだろう?
「お世話だなんて。むしろ俺の方が……あ、あの、すみません。実は寝ているときに携帯いじって携帯番号みちゃったんです」
こっちは赤外線通信でゲットしてるっての。メアドも知ってるっての。
あの日お守り代わりに彼の番号を手に入れていた。
しんどいときや辛いときにそれを見たら心が落ち着いた。

「え? ああ、そうなんだ」
気まずい。こっちはさらに上を行く行動しているという事実が気まずい。
しかし、なんで今のタイミングで連絡してきたんだろう。
1年経ったから七夕だし会おうみたいな?
ロマンチストにもほどがあるし、そうだとしたら、もう少し早く連絡してくれてもいいのに。

ははは。現金だなあたし。男にあんなに酷い目に遭わされたのに、もうこうやって別の誰かにドキドキしてる。

「今日、もし今日まで会えなかったら諦めるつもりでした。だから、こうやって確認の意味で電話しました」
「え? 諦める? 確認って? もしもし? 三笠くん? 三笠くん?」
突然電話が切れた。よくわからないけどリダイアルしなきゃ。終わっちゃう。
終わらせたくないの? 自分でもよくわからないけど、でも。

「ヤヨイさーん!」

受話器じゃないところから三笠くんの声が聞こえた。
声のした方を見ると新横浜通りを挟んで反対側に彼はいた。
1年ぶりの再会。
大きな道がまるで天の川のようで織姫と彦星みたい。
じゃあ、この後は結ばれるの?
運命的すぎて嘘みたい。

信号が青になった。
彼が駆け寄ってくる。
あたしはなんて言うべきだろう。

目の前まで走ってきたときはそのまま抱きしめられるんじゃないかと思ったけど、ちゃんと減速して目の前で止まった。
え? どうしたの? 目が一瞬だけ合ってそこから横向くなんて……ちょっと。なんで耳まで赤く……照れてるの? かわい過ぎる。
こんなリアクション中学生だってしないんじゃないかな。
これであたしのこと好きじゃなかったら人間不信になるだろう。

「忘れたことなかった。ずっと考えてた。ストーカーみたいかもしれないけど実家の近くにも行った。どこにもいなくて正直今日で終わりにしようと思ってた。先輩の店の手伝いでこっちに来たから絶対に会えないと思ってたし。そしたら目の前にいた。でも、1年前に顔みただけだから自信がなかった。違ったらどうしようかと思って今日で諦める決めいていたから電話してみたんだ。そしたら携帯取り出して、どうしようかと思った。本当に目の前にいると思ったら……」

あ、やばい。絶対に告白される。
真剣で熱を帯びた眼差し。初めて告白されたときを思い出しちゃう。
今言われたらたぶんこの空気であたしは絶対に受け入れちゃうよー。
冷静になれ。相手は8歳も年下だ。
あ、でも、もう何か言うつもりだよー。どうする? どうする? どうする?

「ヤヨイさん」
「はひぃ」
声上ずった−。
明らかに向こうの緊張が移ってる。
「あ、あの。たった1回しか会ってないけど、1年間忘れられなかった。結婚してください」
「はい!……って、け、結婚!?」
「え? あ? あれ? 俺結婚って言いました?」
赤い顔がさらに赤くなる。
通り過ぎていく人はチラチラこっちを見てる。
あたしはおかしくて涙を浮かべて笑った。本当におかしい。
「あははは……うん。言ったよ」
「でも、ヤヨイさんとは8歳違うわけだし、明日結婚したって構わないです。それで「はい」って言ってくれじゃないですか」
「子供じゃないんだから」
「でも、付き合ってくれるんですよね?」
「それもどうしようかなぁ」
なんだか精神的に優位に立ったら妙にいじめたくなってきた。

「諦めませんよ。絶対に。やっと会えたんだし。電話もしたから、もう怖いものなしですからね」
すごいパワー。こんなに好かれる覚えがないから思わず聞いてしまった。
「なんで? こんなに好かれる覚えはないんだけど」
「俺もわかんないんですよ。ただ、運命とかってあるならこういうことなんじゃないかなって。正直泣いてる顔見て一目惚れだったんです。もし、これがただの偶然だったとしても、おれが運命に変えます」
あ、今のちょっとぐっと来た。
普通に聞いたらちょっと思い込みの激しい台詞だけど、あたしたちの場合は違う。
だって、あんな出会いでこんな再会なら運命って言葉もそう悪くない。

時計を見る7月7日は過ぎていた。

「終電大丈夫?」
「あー最悪先輩のところで朝まで過ごしますから気にしないでください」
「そうじゃないでしょ」
「え?」
「うちこの近所なんだけど。手は出させないけどね」
「たぶん無理です。あ、出来ないって意味で。こんなに好きすぎたら無理ですよ。顔もろくに見れないのに」
くーっ。むしろあたしが襲いたいくらいです!
それにしたって乙女か? あんなにアグレッシブに告白してきて、そこは乙女か?
好きだから手が出ないか……大事に思ってくれてるんだろうけど、好きなら繋がりたいって思うのは俗物的すぎるのかな?
……本当にこれが運命じゃないなら、なんだというのだろう。三笠くんの台詞じゃないけど「運命に変える」しかないんじゃないかな。

何度か見送った信号をあたしは三笠くんと渡った。

あたしは夏の大三角のデネブでいいと思った。
織姫と彦星だと1年に1回しか会えない伝説がつくけどデネブだけならないと思う。
大体外国人みたいな名前だし。伝説とか関係ないでしょ。

「そうだ。夏の大三角の話って実は四角っぽい話もあるんですよ」
「なにそれ?」
「デネブとヴェガを軸としてアルタイルを反転させた位置の近くに北極星があるんです」
「そうなの?」
「で、思ったんですよ。おれ、ヤヨイさんにとっての道しるべ北極星になります。見失わないでください」
「それって……」と言って口を噤んだ。
続く言葉は「ずっと考えていたんでしょ? バカ?」だけど、ちょっと得意そうにしている三笠くんのキラキラした表情が今はストライクなので飲み込んだ。とりあえず、ちょっと軌道修正は必要だけど基本は間違っていない。
三笠くんの存在は、あの日人を助けたあたしに生きるための大変さと強さを、三笠くんの無条件のやさしさは希望をくれた。
それを思い出すためにきみの携帯番号を見ていたんだよ。
そう言ったら彼はどんな顔するだろうか。

少し行き過ぎたところはあるけど、この先の道しるべになる北極星の手を繋いだ。

| レンアイ | 01:32 | comments(4) | trackbacks(0) |
オシオキ
結婚して10年。
決して無駄だと思いたくないのは10年という歳月が、ただの時間の浪費にしては長すぎるからかもしれない。
そして、かわいい子供もいる。
それだけは決して無駄じゃない。

女の子が3人。
私を扶養家族にしている旦那の給料でやっていける限界の人数。
最後まで男の子にこだわったのは彼の方だった。

3人目が女の子だと判明したとき彼は私に対して堕胎を臭わせた。
それから少しずつ私たちはすれ違い始めた。
うんうん。もっと前から。そう。もっと前から。
この結婚そのものが破綻しかけたところからスタートしていた。

社内恋愛の末の結婚。円満寿退社。のはずだった。

結納も何もかも済み招待状を送る段になって彼に浮気相手がいることがわかった。
それで語和讃になると思われたこの結婚も相手の親に頼み込まれて、結局することになった。
どういう理由かはわからないがむこうの両親に好かれている。それが離婚できない理由の一つだった。実の両親よりも大切に扱ってくれる。
そして孫をとても大事にしてくれる。

浮気相手が居ることを知ったとき彼の両親は、地面に頭をこすりつけるような勢いで謝った。そして浮気相手と別れさせた。
元々浮気相手だから彼自身切ることに躊躇いはなかったようだ。
その時の浮気相手とは今は繋がっていないとは知っている。

でも、他に女が居ることも知っている。
浮気者はどんなに頑張っても浮気をするものなのだろう。今は諦めの心境。
相手に触れられることは拒否しない。
形式的でも夫婦であることの体裁は必要だから。

それでなければいけない。
彼は知らず知らず復讐を体に蓄積して行かなくてはならないんだから。
良妻賢母を演じ続けなければならない。

ごめんね。
あなたたちのお母さんはお父さんをゆっくり殺そうとしているの。
ううん。殺すんじゃないわね。壊すの。
あなたたちが好きなくせに外で悪戯ばかりするお父さんを。

主婦が持っている最高の凶器「一つまみの塩」を使ってね。

これを毎日毎日旦那の料理だけに足していけばいい。
体調が悪いと思う頃には高血圧の出来上がり。
それ以外にも腎臓も患うだろう。

外で女と美味しい料理を食べて、うちでは簡単な料理に塩を盛られる。
そんなことを繰り返していたらあっという間に生活習慣病になる。

「ただいま」

旦那が帰ってきた。
時間は深夜1時少し前。

「ごはんは?」
「ああ、じゃあ何か軽いものでも貰おうかな。残業で食べちゃったからな。でもこんな時間だから少し腹も減ったし」
「わかったわ。少し待ってね」

あまり喋らない旦那が饒舌なときは嘘をついているとき。
大抵の人は嘘をつくと言葉の隙間を埋めようとして普段より多く喋る。
嘘を気づかせないためには普段から沢山喋るようにするか、いつもと変わらずに喋らない方がいいのがわからないんだろうね。

偶然見つけた旦那の浮気現場の写真。
携帯のデータフォルダに写真なんか入れておくな。
日付と時間が残るからバレバレだっての。

携帯をいじりながら眠るからそんなことになるんだ。
私は自分から見ようなんて思わなかったのに。
どうして男はこんなにバカなんだろう。

馬鹿面して眠って手から滑り落ちた携帯のディスプレイを見ないわけにいかないじゃない。
見たとき「ああ、やっぱりこの人はこうなんだ」と思って諦めとも怒りとも悲しみともつかぬ複雑な気持ちになった。

外の女ばかりに目を向ける。
ちょっともこっちに目を向けようとしない。
だいたい向こうが勝っているのは胸くらいなもので、ルックスはこっちが勝っている。
前の浮気相手も胸が大きかったな。
そんなに胸の大きなこがいいなら私と結婚なんかしなければ良かったのに。

焼いたあった塩鮭でお茶漬けを作ることにした。
ただでさえ塩気のきつい鮭を使ってそこに塩を一つまみ入れればいい。
濃いめのお茶で作って味を少しぼかせば多少薄くなっているとはいえ、それでも普通よりは十分に強い塩気。復讐の完成だ。

「なー」
「なに?」
「髪の毛。いい感じだな」
「え?」
「髪の毛。切ったろ」
新聞を見ながら旦那はそう言った。
確かに今日は美容院に行ったけど旦那が気づく程ばっさり切った訳じゃない。
ただ、いつもより少しだけ色を明るくしただけなのに……

「明るくて似合っているよ」

……
……

しょうがない。
今日はこの言葉に免じて復讐は中止しよう。
私はお茶漬けを作り直すことにした。
| レンアイ | 02:29 | comments(8) | trackbacks(0) |
きみを好きな理由
「私のどこが好き?」
いつだってそう聞かれると頭を悩ます。
好きなんて聞かれても嫌いな部分以外は大抵許容できるから付き合っていられると思うんだ。
だからいつも「じゃあ、ぼくの何が好き?」と質問で返す。
そうすると相手も頭を悩ませる。

結局どこが好きなんて言い切れるのはルックスに惹かれているだけでしかない。
精神的な部分に関して言うのは、実のところ自分の良いところの投影でしかないと誰かが言っていた。

子供や結婚相手を見たときにぱっと「かわいい」とか「かっこいい」とか言えないのは、美醜の観念で言えば「醜い」と判断したからだ。
それでとっさに出るのは精神的なコメントや状況に対するコメント。
「健康そう」とか「利発そう」、「やさしそう」とかね。

だから嘘でもぼくはルックスをほめる。
「目がキレイだね」とか「髪の毛がキレイだね」とか短絡的に。
一重で切れ長ならまだ褒めようがあるけど、腫れぼったいと褒められない。
そういう女の子は髪の毛で顔を隠そうとする傾向にあるから、長髪が多い。
そうなると、髪の毛を褒める。
それ以外には声なんかも褒めやすい。

結局それで女の子は勘違いするんだ。
自分に興味があるって。
自分に自信のない女の子は褒められて舞い上がって勘違いする。

だから、その気もないのに女の子に言い寄られる。
付き合っている女の子がいなければ、告白してくれた女の子と付き合う。
そしてある日女の子たちは魔法が解けたかのように、ぼくの元からいなくなる。

「好きじゃなくなった」とか「他に好きな人が出来た」とか。

そりゃそうだ。
ほんの少しだけ舞い上がって前後不覚になっただけなんだから。

だから、1時間前にぼくを振った彼女も同じなんだろう。
なんだかんだで2年半も付き合った。
長くもった方だ。普通なら半年か1年で終了する。
そのまま行ったら結婚もしていたかもしれない。

まあ、ぼくはする気がないと明言していたんだけどね。

それでも社会的な観念からすれば、そこそこの付き合いがある男女が社会的に見て結婚するのは至極当然のことなのだと思う。
だから、ぼくに結婚の意思があるないに関わらず、時間がそうさせることが想定できた。
爆発的に好きじゃないって事は大きな期待がない分落胆することも少ない。
だから、彼女はある意味において結婚向きの女性だった。

でも、当たり前のように別れを告げられた。
付き合ったときから、あらかじめ今日が別れる日と決めていたみたいに彼女はあっさりとぼくを振った。

午後3時。

振られたのが2時。

1時間ぼくはこの公園でぼんやりしている。

携帯が鳴った。
手がかすかに震えていた。

電話に期待せずに出たら友達が合コンのメンツを探していた。
ドタキャンしたやつの穴埋めだ。
「二度とそいつは誘わない」とかなんかを言っていたがどうでもよかった。
振られたことを伝えたら「渡りに船じゃん。忘れるために新しい恋を。6時に新宿アルタ前な」と言って電話は切れた。

守らなくても良かったけど、することもなかったからアルタの前に行った。

相変わらずぼくにとって美しいと思える女の子はいなかった。
それでもぼくはいつものように女の子を褒める。
ちゃんと盛り上がった。
割と話した女の子と2次会の道を一緒に歩いていた。
ぼんやりといつもなら二人でエスケープするところだなって思っていたのに、カラオケボックスについた。

上に行かなくちゃならないからみんなでエレベーターを待っていた。
ぼく以外が乗れたから、ぼくは外で次のを待つことにした。
一緒にいた女の子も残ろうとしたけど、無理矢理押し込んで軽く手を振る。

携帯を取り出して友達にメールをした。

「悪い。気持ち悪いから風にあたってくる。m(_ _)m」

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| レンアイ | 23:59 | comments(8) | trackbacks(0) |
きみの笑顔
「きみが笑ってくれるのならこんな命どうなったって構いやしないんだ」
「じゃあ、あんたが死んだら誰が私を笑わせてくれるの?」
「そ、それは。テレビでも笑えるんじゃない?」
「バカ? あんた本気のバカ?」
「俺そんなに変?」
「変じゃなくてバカよ。大バカ」
「何もそこまで言わなくたって」
「死ぬなんて簡単に言わないの」
「いやそれくらいの覚悟でって事だよ」
「じゃあ、わたしのために生きるって選択をしてよ。笑わせるために死なれるより、笑わせないでも生きていてくれる方がずっといい」
「おまえは本当にいい女だな」
「今更じゃない?」
「そうだね」
「そうでしょ」
「好きだよ」
「ふふふ」

ぼくは彼女から好きという言葉を聞いたことがない。
それでも彼女がぼくのことが好きなのはわかっている。
なんだかわからないけど、それは確信にも似た感情だった。
ぼくが「好き」と言うと彼女は体を寄せてくる。
このときもそうだった。

彼女の温もりを独占できるのは世界でもぼくだけだろう。
彼女は人と触れあうことも苦手な人だから。
その温もりを独占できるのはぼくの特権だった。

恥ずかしがり屋でリアリストな彼女とキザでロマンチストなぼく。
意外とこのバランスがいいことに気がついたのは最近のことなんだけどね。
いつもキザで夢見がちなことを言って彼女に怒られる。
その繰り返しだけど、たった一言「好き」とすぐに集約できない。
そして、彼女のいない世界に絶望しては涙する情緒不安定なぼくを彼女はしっかりと受けとめてくれている。
でも、このままでもいいと思っている。
だって彼女はこんなぼくだからこそ好きになってくれたんだと思っているから。
それがぼくがぼくであるために必要な最低限のことだ。

いつだって彼女の温もりを感じながらぼくは毎回そう思う。


ぼんやり道を歩いていたら「きみが笑ってくれるのならこんな命どうなったって構いやしないんだ」というフレーズが浮かんで、それを基本に作ってみた。
情けない男だけど、こいつはある意味おいらそのもののような気がする。
まあ、サイトウやその他のキャラたちも自分のある種の側面なんだろうけど。

「ストーカーもなの?」と言われるとドキドキします。(通報はしないでください)
| レンアイ | 23:56 | comments(4) | trackbacks(0) |
ホワイトデー
毎月ぼくらは遠出をする。
彼女が料理を作って、ぼくはいつもデザートを作る。
遠出が出来ないときも必ずどこかに料理とデザートを持って近所の公園まで行く。

ぼくがデザートを作るようになったのは、彼女にホワイトデーでティラミスを振舞ったときからだ。
彼女は不思議なくらいにぼくのデザートを気に入り、外で食べても何かと文句をつけてぼくにデザートを作らせた。
だから、外でご飯を食べて家でぼくが作ったデザートを食べるなんてことも普通になっていた。

なかでも一番気に入っているのは最初に食べさせたティラミスが一番のお気に入りだった。
適当にネットでレシピを漁って作ったので同じものは決して出来ないけどl、毎回毎回違う味でもニコニコしながら食べてくれる。
しかも、味見をしたことが一度もない。それでも失敗がないのだから自分でも驚いている。

ぼくは彼女の笑顔が大好きで、思わず彼女の言いなりになって作ってしまう。
太るんじゃないかと思っていたけど、彼女は体形を維持するための努力を怠ることはなかった。
そのため、ぼくが同じように食べて太ったのに彼女はスリムなままだった。
怒られるかと思ったけど、彼女がぼくを怒ることはなかった。

去年のホワイトデー。
彼女はぼくの作ったティラミスを食べることが出来なかった。
ぼくの家に来る途中ダンプに跳ねられた。

居眠り運転だったそうだ。
ガードレールを壊して歩道に乗り上がり、彼女を跳ねて近くの壁に激突。
その事実を彼女の両親から聞かされたときに、ぼくは愕然となりその場に立ちすくんだ。

それからもぼくの時間は何事もなかったかのように流れ、今年もぼくはティラミスを作っていた。
もう、食べて貰えないというのに。


「ちょっとなに泣いてるの?」
「いや、きみが死んだことを想像してティラミス作っていたら泣けてきてさ」
「は? バカじゃない。そういえば前も同じようなこと言ってなかった?」
「うん。クリスマスの時に。イベントの時にきみがいないとこんなにも寂しいものなのだなぁって痛感していた」

「そんなこと考える必要ないでしょ。そうそう簡単にいなくならなわよ。いなくなって欲しいなら別だけど」
あの日と同じ台詞を一字も違えずに彼女はぼくに言った。

ぼくはその言葉に条件反射のように反応した。
「ずっと側にいてください」
「はいはい」
「改めてプロポーズだったんだけど」
「え?」
「だから、ずっと側にいてください。例え死が二人を別つことがあっても」
「今作っているティラミスが凄く美味しかったらね。よろこんで受け入れるわ」

不味くなるわけがないことを彼女は知っていたし、ぼくもわかっていた。
だって、彼女はぼくのティラミスがもの凄く好きなんだから。
なんとなく、いつもよりも丁寧に作った。相変わらず味見はしないけど。

出来上がったティラミスを食べて彼女が言った。

「マズっ」

砂糖と塩を間違えるという典型的なボケをぼくはこの大一番で披露した。

「あんたの場合頼りにならないと言うより、肝心なところでミスをするマヌケなのよね」
彼女は苦笑してそう言って美味しくないティラミスを美味しそうに食べてくれた。
| レンアイ | 23:46 | comments(3) | trackbacks(0) |
マフラー
合コンの帰り道1人だけマフラーをしていなかったのがカナだった。
ぼくはそのほっそりと長い首が風に晒されているのが耐えられなくなって、自分のマフラーを彼女にまいたんだ。
バカみたいに寒い日で彼女の襟首が妙にスカスカだったのが気になって仕方がなかった。

「寒いでしょ」
「ありがとう。お昼暖かかったから夜になってこんなに寒くなるなんて思ってもいなかった」
「まだ、冬だからね。夜は寒いよ」
「うかつでした。このマフラーいい柄ね。女の子でも使えそう。貰っていい?」
「バーゲン品だけど、買ったばかりだからね。あげられないよ」
「でも、今日は貸してくれるんでしょ?」
「駅までね」
「駅から少し歩くんだ」
「そう言われてもなー。彼女になってくれたらあげてもいいよ」

結局そのマフラーは彼女のものとなって、ぼくらは付き合うことになった。
ぼくは浮かれた。
カナは少し痩せすぎだけど、たぶん誰もが美人だと思う感じの女の子だ。
首筋が見るほどに刈り込んだ短めの髪に、少し山田優に似た感じの顔立ち。
自慢できる彼女だった。
例え顔が違ってもぼくはカナを好きになっていただろう。
それくらいにぼくらは出会うべくして出会った。

合コンっていうのが運命的じゃないと言う人もいるけど、出会いはいつだって偶然で必然なんだと思う。
偶然を装った必然。予め決められていた予定調和のような偶然なんだ。
だから、ぼくはカナに出会えた偶然を嬉しく思ったんだ。
たぶん、この先にどんなつらいことがあっても、あの日カナに会えて、そして付き合うことになった日のことを思い出せば、きっと何でも乗り越えて行けると思えるくらいに幸せだった。

会うたびにぼくはカナに自分のありったけの気持を伝えた。
ぼくはどうしようもないくらいにカナが好きだ。好きで好きでどうしようもない。
付き合いだしたころなんて仕事がおろそかになるほどだった。まったく何やってんだか。

一見クールに見えるカナはもの凄くドジで、人の言ったことを直ぐ忘れる。
ぼくの嫌いなものを平気で料理に入れてくる。
何度言ってもカナはすっかり忘れているのか、料理に入れてくる。
おかげでどんどん苦手なものが減っていった。
この先食べられないのは茗荷くらいなものかもしれない。

そんなうかっりもののカナと決めたことは、出会った合コンの日に互いにマフラーをプレゼントすることだった。
最初の1年目にカナが言い出して、ぼくは一生懸命カナに似合うマフラーを探したんだ。
カナは本当に嬉しそうにぼくの選んだマフラーを受け取ってくれた。
でも、カナの選んだマフラーはお世辞にも……なんというか、個性的でエキセントリックなものだった。
それをどこで買ったのか聞きたかったくらいだった。

そんな関係が終わったのは3回目のマフラーをプレゼントしたときだった。
忙しくて連絡も取りにくかったし、彼女の携帯にも連絡は取れなかったことが多かった。
ただ、それだけのことで別れになるとは思えなかった。
だから、ぼくは必死でその理由を聞きたかったけど、ただカナは「もう、好きじゃなくなった」と言ってその場を立ち去った。
ちゃかりぼくのプレゼントしたマフラーを持って。

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| レンアイ | 01:45 | comments(10) | trackbacks(0) |
あいたくて……
昨日の飲み会のせいで昼過ぎに目を覚ました。
朝五時過ぎまで初めて会う人の家で飲み続けた。

体を引き剥がすようにベッドから起き上がり水を飲んだ。
外を見ると物凄く晴れ渡りホワイトクリスマスは期待できそうにもなかった。
恋人たちがそれを期待しているかどうかはわからない。
寒がりな女の子たちは雪を歓迎するだろうか。
ムードが欲しい男たちは雪を待ち望んでいるだろうか。

シャワーを浴びて町に出かけた。
寒さに寄り添うカップルや走り出す子供を嗜める親も、どこかやさしい笑顔をしている。

寒さの中に軟らかい温かさで町は包まれているようだった。
それは今のぼくには辛く悲しいものだった。

やさしい家族も、幸せな恋人たちも、そのどれもぼくには関係ない。
彼女を失ってからぼくの世界は色を失ったままだった。

もう彼女はどこにもいない。
桜舞い散る春にも。
日陰でキスした夏にも。
枯葉の並木道の秋にも。
イルミネーションの美しい冬にも。

些細な事故で彼女は世界から消えた。
ぼくの世界にはいても、この世界では共に歩むことも出来ない。
見慣れた風景に彼女の面影を今も探している。

それを見つけるたびに悲しみの波が打ち寄せる。
何を見てもこの町には彼女の思い出が多すぎて、その一つ一つが色を失ったこの世界に色を与える。
そこだけが華やかに彩られ余計に悲しみが増す。

去年のクリスマスもその前の年のクリスマスもはっきりと思い出せる。
それが余計に悲しさを募らせた。

この世界に一体どれほどの意味があると言うのだろうか。
ぼくはただ柔らかい温もりのある寒い空の下を、フラフラと歩いていた。

部屋にあるツリーには2年前に1人暮らしをしていると言う理由だけで彼女が持ち込んだものだった。
毎年新しい飾りをつけると彼女は言っていたが、去年のクリスマスでつけられる範囲でいっぱいに飾り付けられていた。

「来年新しいのつけたらツリーだかなんだかわからなくなるよ」
「じゃあ、来年はもっと大きなツリーにすればいいじゃない」
「おいおい。そんなことしたら部屋において置けなくなるじゃん」
「じゃあ、大きな部屋に引っ越せばいいでしょ」
「それだけのために?」
「1人で暮らせなんていってないじゃない」
「え?」
「早く言ってくれないからこっちから急かしているのよ。わかるでしょ?」
「じゃあ、近いうちに挨拶にいかないとな」

飾りを買った店の前を通ると似た大きさのツリーが飾られていて、にぎやかな電飾で覆われていた。
涙が溢れそうになり裏通りに駆け込んだ。
人気の少ない裏通りは風俗の店が立ち並んでいる。
ピンサロもクリスマス商戦なのだろうか派手な飾り付けがされている。

どこもかしこもクリスマス一色でぼくの逃げ場はなかった。
胸に苦しさを覚えてバカっぽい名前のピンサロの横で耐え切れずに涙が流れた。
ケバケバしいネオンの装飾は、それだけでクリスマスツリーのようだった。
ピンサロ横で泣く男などいないだろう。それでもぼくは泣いた。

少しの間涙を流してぼくは家に帰った。
結局買おうと思っていたものは何も買えずに家に戻った。
装飾を施されていないツリーがどこか所在なげで、部屋の中で浮いた存在になっていた。
この世界の中にいる自分と同じように思えて仕方がなかった。

彼女のいない世界にもいつかなれるのだろうか。
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| レンアイ | 00:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
暇人に読む物語(単に長い話です)
今年もまたこの時期は1人きりだ。
仕事柄どうしてもこの時期は立て込む。

ベランダに出てぼんやりとタバコに火をつけた。
「今年は寒いな」
誰に言うわけでもなく呟いた。
温暖化が進んで年々気温は上昇していると言われているが、そんなことが嘘のように寒い。

自分の息だか、タバコの煙だかわからないくらいに冷え込んでいる。
部屋にタバコの臭いがつくのが嫌で、換気扇の下か外で吸っている。
閉ざした部屋の空気を入れ替えるために、数日振りの換気をするついでにベランダに出てタバコを吸った。

28年生きてきて彼女と過ごしたクリスマスは一度もない。
そりゃそうだよな。12月に入ると土日も関係なく忙しくなる。
ピークはやはりクリスマス付近で、電話もままならないくらいだ。

そんな彼氏に見切りをつけるのは当たり前だ。
今年こそは止めようと思い辞表を書いたこともある。
別に彼女のためじゃない。仕事に疲れたからだ。

大学を出て教員の免許も持っている。
今なら教員になって安定した生活を送ることも出来る。
30歳になる前ならこの転職もギリギリ間に合うはずだ。
子供は嫌いじゃないし、教えるのが上手いと言われたことも多い。

なにしろ話し好きだ。
教職も子供が減って大変らしいが、やってやれないことはないだろう。

電話が鳴った。
新しいタバコに火をつけたばかりだし、出るのも面倒だったから鳴らすままにした。
やがて留守番の応答メッセージが流れる。

「タカシ? お母さんだけど。新しい制服が届いたので一度試着しに帰ってきなさい。最近顔も見せてくれないし。ちゃんと食事ているの? 明日にでも営業のあと寄りなさいよ」

有限会社のうちは家族と親戚で自転車操業のように仕事をしている。
一番若い従兄弟と俺は営業がもっぱらで、直行直帰が多い。
そういえば母親の顔を見たのはいつのことだろう?
祖母の命日に会ったきりだから10月から顔を見ていない。

母親と言うのはなんでこうも子供の顔を見たいのだろうか。
もしかすると父親も思っているのかもしれないが、口に出さない分マシだ。

10月。それから一月後の11月に彼女と別れた。
別れは些細ことだった。
仕事に行き詰っていたときで、愚痴が多くなり大喧嘩をした。

おれの仕事のことなんか理解してないだろ。そんことないわ。立派な仕事じゃない。何が立派なものか。単なる肉体労働者だぞ。有限会社で大した稼ぎもない。最近は不景気で青息吐息なんだぞ。どうしてそんなに自分を責めるの?あなた言ってたじゃない。お父さんのようにいつか自分もこの仕事を誇れるようになりたいって。あれは嘘だったの?ああ、嘘だよ。もう、こりごりなんだ。何もかも。

「……わたしのことも?」
「……ああ」
「本当に? ねえ。本当に?」
「ああ、そうだって言ってるだろ!」

彼女はこの部屋から出て行った。
泣きそうになりながらも、おれに涙を見せまいと必至になりながら。
止めれたはずだった。
だけど、それをしなかった。

仕事を辞めることになれば、おれは無職になる。そんな姿を見せたくはなかった。
仕事を辞めてその先に直ぐに就職先があるわけでもない。
就職して今の仕事しかしてこなかったのだ。他に潰しが利くスキルがあるわけでもない。

自分の不甲斐なさは十分に知っているつもりだ。
きっと野心ばかりで何もしない。彼女を簡単に諦めたように。

そして、今でも同じ仕事をしている。
失うものばかりで結局大切なものを取りこぼす。
気がついたときにはタバコを4本も吸っていた。
体は芯から冷え切っていて、タバコを吸いすぎて焼けた喉だけが熱かった。

部屋に入ると同時に電話が鳴った。
大抵2回母親はかけてくる。10月以来まともに口をきいたことがなかったから親孝行のつもりで電話に出た。

「もしもし」
「……もしもし」
別れた彼女からだった。
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| レンアイ | 00:05 | comments(6) | trackbacks(0) |
ジンリッキー
グレンドロナックの12年を飲み終えた彼女にぼくは訊いた。
「次何が飲みたい? 」
「そうだなー。ジンリッキー」
「好きだね」
「うん」

少し寂しげに彼女は微笑んで返事を返してくれた。

グレンドロナックの12年の飲み方は1:1の水割り。
もちろん、氷は入れない。
ぼくが教えた飲み方をしっかり守る彼女の態度に泣きそうになった。
シングルモルトに氷を入れないのは香りを落とさないためだ。
そんなことを言ったのを覚えているとは思わななかったから、彼女がこの飲み方を指定したとき驚いた。

グレンドロナックは甘い香りと優しい口当たりがする。
彼女が初めて好みだと言ったシングルモルトだった。

モルトを飲んだあとにもかかわらず、彼女はジンリッキーを指定した。
だけど、訊かなくても分かっていた。
きっとジンリッキーだと思っていた。

ジンリッキーはタンブラーにジンを注ぎ、生のライムを半分にカットして、それを搾りソーダで満たす。
この際に甘みや余計なものを足してはいけない。
半分にカットしたライムはタンブラーの中に落としておいてマドラーで潰しながら飲む。

ただ、家で飲む場合生のライムは、保存もさることながらコスト面で割高になる。
そのため家ではもっぱらエトナの100%ライムジュース(シシリー)を使用する。
ついでに言えば手頃なタンブラーも無いのでロックグラスを使用する。

このロックグラスは離婚する前に結婚祝いで貰ったものだ。
今年の夏2つあったうちの一つが割れた。

その片割れのグラスに氷を入れタンカレーを注ぐ。
目分量だが、適当なところで止める。
昔は目分量過ぎて酒が多かったが、今では少しまともになった。

それでも友達からは「酒が濃いよ」と、文句を言われる。
そんなときには、酒で酔えないのは意味がないだろと、言い返す。

酔うために酒がある。
酔っぱらいたいから酒を飲む。

スマートに酒を飲むことを放棄してどれくらいの時間が経っただろうか。
毎晩のように泥酔して眠る日々。
彼女が横にいなくては、不眠症のように眠れなくなる日々を幾夜超えてきただろうか。
その彼女のために作る最後のジンリッキーだ。

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| レンアイ | 00:47 | comments(2) | trackbacks(0) |